介護における問題

CASE

病院に入院中「逆流性難治性食道炎、食道裂孔師(食道裂肛ヘルニア)」の診断がされており、その後病院から介護施設に移って3日目に利用者が朝食のロールパンを誤嚥して死亡した事故において、「施設側に誤嚥の予見可能性があったかどうか」という点につき第一審、第二審裁判所の判断が分かれたケース

※プライバシーに配慮し、実際の相談ではなく標準的なサンプル例となっております。

少子高齢化が進む現在、介護施設の需要は高まり、施設や入所される方も増加していますが、これに伴い介護に関する事故、紛争も増加傾向にあります。医療過誤に比べ、介護過誤に関する裁判例は未だ多くのものが集積されているとはいえませんが、参考となる例として以下をご紹介いたします。

Yが経営する介護付き有料老人ホーム(Y施設)に入居していたAさんは、入居3日目、朝食のロールパンを誤嚥し、窒息死してしまいました。このことについて、Aさんの遺族は施設側に安全配慮義務違反があったとしてYを提訴しました。

このケースでは「Y施設に誤嚥の予見可能性があったかどうか」という点について、第一審の神戸地方裁判所と第二審の大阪高等裁判所で判断が分かれました。

神戸地裁は、

  • AがY施設に入居する前に入院していたB病院の紹介状には「難治性逆流性食道炎、食道裂孔師ヘルニア(食道裂肛ヘルニア)」等の病名の記載があり、これら病名が嚥下障害の原因となり得ると指摘されている文献もあるが、食道裂孔師ヘルニアによる食後嘔吐等以外にはAに嚥下障害が認められると診断した記載はないこと、
  • B病院の紹介状には「#3(食道裂孔師ヘルニア)により、時折嘔吐を認めています。誤嚥を認めなければ経過観察でよいと思います。」との記載が認められるがAは症状軽快によりB病院を退院したこと、
  • Y施設でAは自立して食事をすることができ、食事中に誤嚥のおそれをうかがわせる具体的症状は見られなかったこと、
  • 主治医から特別の食事を提供すべきなどの注意を受けていたことはなく、入居申込書の食事等の希望・要望にも何らの記載もないこと、
  • 入居前面面談においては専らうつ病の症状への対処が問題とされていたこと、
  • 食道裂孔師ヘルニアによる嘔吐は食後嘔吐に関するものであるから、食事中の誤嚥との直接的な関連性は極めて低いとされていること

などからすれば、施設側が誤嚥の危険を具体的に予見することは困難であったとし、遺族の請求を棄却しました(神戸地裁平成24年3月30日判決/判例タイムズ1395号164頁)。

これに対し、大阪高裁は、Yは入居契約及び関係法令に基づきAに対しその生命及び健康等を危険から保護する安全配慮義務があるとした上で、

  • B病院の紹介状などからY施設はAに「難治性逆流性食道炎、食道裂孔師ヘルニア(食道裂肛ヘルニア)」等の既往症があり、入院中全粥食であったが食後嘔吐があったことを把握し、主治医からも#3(食道裂孔師ヘルニア)により、時折嘔吐を認めています。誤嚥を認めなければ経過観察でよいと思います。」との伝達を受けていたこと、
  • 上記伝達内容は抽象的で明瞭でない面はあるものの、Aの食道に疾患があり食物が逆流し嘔吐することがあること、これにより誤嚥が危惧されるとの意味内容を感得することは医療の専門家でなくとも必ずしも困難でないこと、
  • 高齢者事故の中で転倒と誤嚥が多いことは周知の事実であり、Y施設のスタッフが前記意味内容からしてAには特に注意が必要であることを把握できないはずはないこと、
  • とりわけ介護施設に新たに入所する者にとっては、環境が変化すれば心身に負担が増すことになるのであるから、持病がどのように現れるのか注意深く観察する必要があること

などを指摘し、

  • Y施設としては医療機関と連携をはかり、少なくとも初回の診察・指示があるまでの間はAの誤嚥防止に意を尽くすべき注意義務があった
  • Aを居室(個室)で食事させており異状が生じても気づきにくい事情があったのだから、食事中の見回りを頻回にし、ナースコールの手元配置を講じるなどして誤嚥に対処すべき義務があったところ、ナースコールを手元に置くことなく、配膳後約20分も放置していたのであるから、安全配慮を欠いた過失がある

として、A及び遺族固有の慰謝料合計1250万円などの損害賠償責任を認めました(下線部筆者/大阪高裁平成25年5月22日判決/判例タイムズ1395号160頁)。

介護施設の有すべき専門性として上記下線部のような指摘がされ、具体的な食事の提供状況について問題があったとされたケースとしてご参考に紹介致します。